日本人の価値観の喪失

 

最近、日本の若者にニート問題が起こり、職に就くわけでもなくダラダラと時間を過ごし、大切な青春を無駄にしていることを危惧している。昭和時代の日本は経済復興により経済大国になった。食生活をはじめ、物資が豊かになったことによりお金で何でも買えると勘違いをする。そして、努力しなくても生活できるので、ニートになってしまった。働いても貰えないかもしれない年金問題もあり、若者は希望の丘を見失ってしまったようである。

小泉政権が推進した市場原理主義によりどんな価値観でもよいと、価値観の多様化が重視されたようであるが、欲望のままのあくどいものが作られ、あくどいことがまかり通る。忌々しきことである。世論では価値観の多様化というが、それは人生において価値観を喪失した結果である。この具体的な事例として、ライブドア事件がある。ホリエモンがあくどく金策をしているときは「正」支援した世論も、警察がホリエモンを逮捕すると「負」のバッシングを一斉に浴びせた。日本人の倫理観が問われる出来事である。

日本文化には年功序列による「年長者を敬う」という道徳があった。戦前の教育勅語による道徳を復活しろと言うわけではないが、人間として守るべき倫理があるはずである。価値観の多様化を勘違いした日本人は、伝統的に携えていた価値観を喪失し、人間社会のベースとなるべき価値観すら消失したようである。若い親が乳飲み子を虐待し、結果として殺人を犯す。わが子を思い厳しく育てた結果、ストレスを抱えた子供が最も愛すべき親兄弟に殺意を向ける。親子の絆が壊れつつある現象が毎日のニュースとなっている。まさに忌々しき事態である。

市場原理主義による実力主義から、終身雇用制が崩壊してきたが、戻せるものならば終身雇用制の中で生きてきた人間愛による価値観を見直したいものである。お互いの弱点をかばい、お互いの長所を生かせる社会こそ、人の間である。それが実力主義であれば、弱肉強食の関係となり、エリート一色の社会となる。何事も一色に染まるとファシズム化して、その行き着く先は日本人破滅の道である。

核家族化したことで喪失した「家族愛」という人間の絆は元々日本文化に存在した。日本人の絆という価値観を再認識して、老人が支える日本を元気な若者が支える人間社会に変革する時機到来である。日本人という遺伝子による価値観を甦らせて日本が沈没しないように叡智を結集しよう。

[吉村 忠与志(福井高専)]